チキンラーメン

チキンラーメン
 

今さら、何? とおっしゃる方も多いでしょうが、すみません、お話しさせていただきます。

私、モフソンは、20年ほど「ラーメン屋店員」をしております。

なぜなら、ラーメンが大好きなのです。

インスタントラーメンも大好きです。

そんな、インスタントラーメンを世界で初めて作った方が、安藤百福さんという方なのです。

このブログのタイトルも、百福さんをイメージしております。

なので、一番最初の記事は、チキンラーメンにしたかったのです。

第二次世界大戦

という、たいへんな戦争がありました。

日本は「欲しがりません、勝つまでは」という気運の中、身体を削って、負のスパイラルを実践するのです。

そして敗戦後、日本は「極貧国」となります。

私の母は昭和14年生まれなのですが、「お米を一粒でも残すと、目がつぶれる!」「変な虫が口から出てきたことがある(訳:回虫(サナダムシ)が口から出てきた→食べれるものは何でも食べていた結果、寄生虫も体内に取り入れてしまった。)」など、私に話してくれました。

戦後の凄まじいほどの「食料不足」を母からの言葉により知っております。

そのような中、闇市で「ラーメン屋台」に人々が行列する光景を、安藤百福さんは目の当たりにし、「一杯のラーメンのために、人々はこんなに努力するのか(寒い中でもラーメンを食べる為に並んで待つこと)」と、ラーメンという食べ物に、深い関心を持つことになります。

戦後、ラーメンが流行った背景を考察してみたいと思います。

戦後の日本には、とにかく食料がない。

そして、日本を占領していたアメリカは、「子供たちには食べさせなきゃ」と、国内で余った小麦を日本に大量に輸出しました。(「パン給食」の始まりです。)そして、「小麦粉」が安価で出回ります。

小麦粉と言えば、「うどん」も「小麦粉による麺」なのですが、当時の「そば」や「うどん」は「料理」であり、「出汁」にもこだわらなければいけないなど、「素人」には手を出しにくいジャンルでした。

戦争から帰ったお父さんが、「そばや、うどん打てって言われても、できないしなあ…ラーメンならできるかな?」

当時のスープの材料は、「野菜くず」「鶏ガラ」 つまりは、「生ゴミ」です。

現在では、当たり前のようにスープの材料として使われる鶏や豚などの骨は、かつては「生ゴミ」でしかなかったのです。(もっとも、そういった食材がスープの材料として使われ出したのは、100年以上前のことですが。)

 そうして出来たスープに「うま味調味料」を入れて、はい完成。

「俺にもできた!」風なラーメン屋台が大行列

↑の思考、現在のラーメンにも、受け継がれているところがあると、思いませんか?笑

行列が話題を呼び、闇市に着物を売りに来たお母さん、お米を買い、周りに知り合いがいないか辺りを見回し、行列に並びます。

そして、自分の番が来た。

湯気の立つ、あったかそうなラーメンが、目の前にあります。

ドキドキ。

ドキドキ。

これが「中華そば」…

もう一度辺りを見回し、麺をすすります。

「お、おいしい・・」

そんな風景を見て、百福さんは「食足世平」(食足りて世は平らか)と感じられたのでしょうか。

そして、百福さん、なんと47歳の時に、チキンラーメンを開発します。

言葉で言うと、とても簡単なように感じますが

その過程は、凄まじいものであったのではないでしょうか。

たとえば「ドラえもんのようなロボットをド素人から作る!」という場合も、大変な苦労があるでしょうけれども、ゴールや、理想がわりとわかりやすい。

しかし、百福さんが試作している段階で、「インスタントラーメン」は、この世に無いわけです。

この世に無いものを、無職で開発しようとする。売れるという、何の保証もないのに。

私には、その道を歩く勇気は到底ありません。

しかし、そんな百福さんが居たからこそ

私たちは「いつでもラーメンを食べることができる」

のではないでしょうか?

「どこのラーメン、何のインスタントラーメンが美味しい」という話題も、百福さんがいなければ、この世界になかったかもしれません。

私は、ラーメンが大好きです。

安藤百福さんを、心より尊敬しています。

なので、このようなブログのタイトルになってしまいました。

ちなみに、皆様は、チキンラーメンを「茹でる」派ですか? それとも、「お湯を入れて3分」派ですか?

わたしの考えは、また、別の日記で…笑

どうしようもなく、チキンラーメンが食べたくなってきました。

 いただきます♪

お付き合い、ありがとうございました♪

明日も、あなたが笑顔で居れますように。

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